カナ ダ人が将来 住みたい憧れの町で・・・
ゴルフとワインを楽しみながら・・・
じっくりと人生を見直しませんか



  

   

   

  

  

滝澤のカナダ移住&起業への道のり


 <第 201話> 不動産の新人王?

2005年。
一般に言う不動産屋さんというのは、日本とカナダではとても大きな違いがあります。
カナダやアメリカでは、不動産の売買契約をまとめることができる立場に立つためには、資格が必要です。

しかし、いくら資格があっても、資格だけでは仕事になりませんし、収入になりません。
欧米の不動産屋さんは、いわゆるプロ野球選手と同じで、完全出来高制の厳しい世界です。

従って、資格をとったものの、売買するお客さんを得なければ収入はゼロという厳しい世界です。

私は不動産屋さんの資格をとりませんでした。というより興味もありませんでした。
もっと言えば、怖かったのです。

なぜ怖いか?と言えば、もし私が資格を取って、不動産を売買できる立場になると、
私は間違いなく「売買に走る」と思ったからです。
目の前の仕事に対して、猛烈にエネルギーを注ぐあまり、お客さんの要望や立場を無視してまで売買に邁進してしまうだろうな、、、という自分の性格の怖さで す。

もうひとつの理由は、私が売りたいのは不動産ではなくて、ケロウナという町の魅力です。
ゴルフ、ワイン、ワイナリー、オカナガン湖、優れた住環境を総合したケロウナの魅力を日本の方々に知っていただき、旅行に来てもらい、ゴルフを楽しんでも らい、ワイナリーの景色に感動し、ワインを購入してもらったり、一緒に楽しんだり、ということが目的でした。

ケロウナの不動産はその中のひとつだったのです。
ですから、やみくもに不動産を売買するだけの自分になりたくなかったのです。

さて、2005年のこの年、私は訪れた多くの日本人の方々に対して、結果的に7件の不動産の売買を成立させました。

売買契約については、いつもお世話になっている不動産会社の社長さんにお願いをしていました。
この場合、この不動産会社の社長は、自ら営業せずに、私が購入の意志を固めたお客さんを連れてくるものですから、とても楽です。しかも、日本在住の日本人 が購入する際の初歩手続きも私が行っていましたから、不動産屋さんはとてもラッキーな立場になります。

そのお返しにと、この社長さんからは公私に渡って様々にお力を頂戴しましたし、ケロウナの町で生活する日本人として各方面に信用を築くことができたことが 私にとっての最大のメリットでありその後の人的財産に繋がりました。

あるとき、この不動産屋の社長が私に言いました。

「君は今年、7件の売買を取りまとめたね。資格を取っても不動産屋として生き残っていける人は、わずか数%の厳しい世界だ。君がこの1年で成立させた取引 数の7件というのは、オカナガン地方の不動産屋の中でかなり上位にランクされるよ。新人だったら、間違いなくトップだ」

ただ、私は不動産売買の資格を持っていませんでしたから、私が成約させた取引数は、そのままその社長の実績になっただけのことですけれど、結果的に私はケ ロウナの不動産を数多く成約させることがその後もできるようになっていったのです。





 <第202話> ゴルフとワインを楽しむ ケロウナ旅行

2005年。
この頃になると、日本から様々な目的でケロウナに来られるお客さんが連日に渡り続いていました。
その目的の多くは、ゴルフとワインでした。

画一的なツアーはしていませんでしたし、完全プライベートな形でご案内をしていましたから、お客さんのご要望に沿ったプランを作り実施しているうちに、や がて理想的な内容に仕上がって行きました。

一例を挙げると、午前中はワイナリーを訪れます。
ケロウナ市内のワイナリーは15カ所ほどありましたから、午前中だけでも3つか4つのワイナリーを訪問することができました。

それぞれのワイナリーは、それは見事な景観の中に溶け込んでおり、その景色を観ただけで日本から来られたお客さんはため息を漏らしながら感動していまし た。

春はブドウ樹のラインがくっきりと浮かび上がるように広がる畑から、その向こうに青く輝くオカナガン湖が見下ろせます。

夏は深く緑に色づいたブドウ畑の迫力に圧倒されながら、真夏の日差しに輝きの度合いを増したオカナガン湖が絶妙な景色のコントラストを描いてくれます。

秋になると、まるで黄金色の絨毯に敷き詰められたブドウ畑が、秋の柔らかな日差しを受け、穏やかなカナダの秋を演出してくれます。

いずれの季節も、澄み切った青い空とオカナガン湖の別の青さが相まって、そこにワイナリーの景色が溶け込むわけですから、まるで異次元の世界に飛び込んだ ような驚きと感動に満ちあふれていました。

午前中だけでも十分にワイナリーを楽しんだあと、いかにもカナダらしい牧歌的なカフェレストランで軽めの昼食を取ります。
そして午後から、ゴルフ場に移動し、18ホールを楽しみます。

もちろん私もお客さんと一緒にゴルフをしますが、これが結果的にはお客さんにとって最大の安心感に繋がると同時に、最高のおもてなしとして感じて頂けるこ とになったのです。

慣れない外国の町で、しかもそこでゴルフをするというのは、なかなか難しい雰囲気を感じてしまうわけです。しかし、私にとっては慣れ親しんだゴルフコース ばかりでしたので、いわば自分の裏庭みたいな感じです。

ゴルフコースのスタッフは、そのほとんどが顔見知りでしたので、日本から来られたお客さんにとっても、そうした雰囲気全体が心地よい安心感に繋がったのだ ろうと思います。

夏のカナダは夕暮れが遅く、6〜7月ですと、夜9時過ぎまでゴルフができます。
午前中、たっぷりとワイナリーを楽しみながら、ゆっくりとゴルフコースに移動し、そして本格的なカナディアンゴルフを満喫する面白さ、楽しさを経験された お客さんは、それがご縁となり、以降、何度もケロウナに足を運んで下さるようになっていきました。

やがて、ゴルフとワインを同時に楽しむケロウナ滞在プランが形になっていったのでした。





 <第203話> 究極のゴルフ

広大なカナダの中で、もっともゴルフ環 境に恵まれた町 は、ケロウナです。
これは私の経験上、間違いありません。

人口規模に対してゴルフ場の数が多いため、混雑することがありません。
準砂漠気候で晴天率が高く、爽やかな空気の中でゴルフができます。
コースの難易度は様々あるので、上級者から初心者まで、どなたでも楽しめます

ケロウナのゴルフ環境の素晴らしさを挙げると、まだまだ続くのですが、特に印象深いものは、「トワイライトGOLF」です。ケロウナは北緯49度という位 置にあります。北緯49度というと、北海道よりさらに北です。千島列島の中央付近と同等になります。

これだけ緯度が高くても、ハワイからバンクーバー沖に向って吹き込む暖かい風と海流の影響で、緯度が高いにも関わらず、暖かい気候に恵まれているというこ となのです。従って、夏の夕暮れは午後9時過ぎです。

もっとも最長になる時期は、6月下旬から7月上旬にかけてですが、この時期の夕暮れは午後10時ごろとなります。そうすると、夕方5時にスタートしても、 まだ明るいうちに18ホールを回り切る事ができるわけです。

こうしたゴルフ環境のケロウナですから、本当にゴルフが好きな方は、1日3ラウンドを行うこともできます。
午前中はAというゴルフコースでゴルフをし、午後はBというコースでゴルフをし、夕方からCというコースでゴルフをする、というダイナミックなゴルフも出 来てしまう環境です。

また、ケロウナでのゴルフを、さらに満喫するために、やはりコツが必要です。
午前のスタート、午後のスタート、夕方のスタート、それぞれの料金が異なるのです。午前は定価、午後は約30%オフ、夕方は約60%オフ、というような料 金体系です。

しかも、遅い時間になればなるほど空いて行く、という傾向があります。
午前のスタートは、地元のメンバーの人たちや、アメリカからのゴルフツアーで埋まります。

午後になると、夏のケロウナの日差しを敬遠する人たちが出てきますので、ぐっと空いてきます。さらに夕方になりますと、基本的にカナダの人たちは家で夕食 をとり、のんびりしたいので、その時間にわざわざゴルフをする人はまずいません。ですので、夕方のゴルフ場に行くと、ガラガラの状態なので、とても気楽に ゴルフに取り組むことができるのです。

で? どんなゴルフなの?
っていうことについては、次回から詳しくお伝え致します。




 <第204話> 日本では考えられないゴ ルフ

日本のゴルフは独特の習慣でがんじがら めになっていま す。
まず、基本的に1組(4名)揃えて予約をしなければなりません。

3名でも予約は取れますが、キャディー費やサービス費の4名分を3名で払うので、一人当たりの支払額が割高になります。
従って、日本でゴルフをする場合は、なんとかして4名集めるわけです。

カナダでは、一人でもゴルフができます。もちろん、支払う金額は一人分です。

また、日本のゴルフはほとんどの場合、前半9ホールが終了すると、クラブハウスで昼食を取るシステムです。
朝食に1時間半ほどかかり、その後、後半の9ホールを行います。
日本のゴルフ場のビジネスは、ゴルフ料金と別に飲食費で売上を立てることが前提になっているので、利用者にとってはその分、高くつくシステムです。

カナダでは、18ホール通しでゴルフをします。途中で昼食を取ることを強要されません。
従って純粋にゴルフだけを楽しみ、ゴルフのプレー費だけを支払えば良いのです。

日本のゴルフ場は、午前中の間にスタートさせることが慣例となっています。
ですから、ゴルフに行く時は早朝に起き、1時間、2時間という時間を掛けてゴルフ場に向います。
ゴルフが終わると、たまのゴルフだからというノリで、仲間と飲み会になるのが通例です。
日本でゴルフをすると、早朝から夜まで丸1日仕事になってしまうのです。

カナダではそんなことはありません。
陽が長い夏は、夕方4時や5時からでも十分に18ホールを回れてしまいます。
仕事帰りに、ふらりとゴルフ場に立寄り、ゴルフが出来てしまうのです。こうした環境は日本には存在しません。

また、ケロウナにはレベルに応じたゴルフコースがたくさんあります。
上級者向けの本格的なゴルフコースから、初心者やファミリーが楽しむゴルフコースもあります。

圧巻なのは、初心者やファミリーが楽しむゴルフコースの内容です。確かに日本にも、初心者向けのゴルフコースは存在しますが、実際にはゴルフコースではな く、野外のゲームの延長のレジャー施設という貧弱な風情です。
多くが人工芝を敷き詰めただけのものであり、ゴルフをゲームにした遊び目的のものです。

しかし、ケロウナの初心者用コースというのは、本来のゴルフコースがそのまま短く設定されただけですから、天然芝ですし、グリーンもきちんとしています。
距離が短いだけで、あとは普通のゴルフコースと変わりません。従って、ゴルフを始めたばかりの人であっても、芝の上でゴルフを楽しむことができるので、ゴ ルフの面白さを実感することで、ゴルフの魅力に取り憑かれるわけです。

日本から来られるゴルフ目的のお客さんの中には、

「ゴルフはしたいけど、日本ではなかなかできない」
「ゴルフ教室には熱心に通っているけど、コースに出たことがない」

という方たちが結構多くお越しになります。
その場合、こうした初心者、初級者用のコースを使うのですが、日本から来られた初心者、初級者の皆さんには十分にご満足を頂いています。
その人のレベルに併せたゴルフコース選びが自由にできるという点も、ケロウナのゴルフ環境の魅力です。





 <第205話> 一人で楽しめるゴルフも ある

ゴルフと言うと、大勢でやるものだと か、同じゴルフ仲 間と4名でやるものだ、というイメージが日本には存在します。
基本的に、日本のゴルフ場は、4名1組でゴルフをさせることを前提していますから、必然的にそれが常識かのように捉えられる風潮があります。

ケロウナのゴルフ環境はそうではありません。空いているときは一人でもゴルフをする事ができます。
夏の夕方は、夕暮れが遅いこともあり、1日の中で最も暑い時間帯です。
この時間帯にゴルフをする人はあまりいません。
夕方になれば、家に帰って家族と過ごすことがカナダ人のライフスタイルですから、ゴルフ場はとても空いています。

私は夕方の時間帯に一人でゴルフをすることが多いのですが、そのとき、同伴者がいないため、18ホールを一人だけで回ることがよくあります。これって、日 本では考えられない環境なのです。

ゴルフコースで、自分なりの実践練習ができるわけです。
例えば1打目を打ったとします。何だか納得できないなあ、、、となると、もう1球を打ちます。
こんな調子で18ホールのラウンドをすると、一人で3人分のボールを打つくらいの量になりますから、かなりな練習をゴルフコースで実践できてしまうので す。まさに実践練習です。

このように、本番のゴルフコースで、思い思いに練習するなどということは、日本ではプロゴルファーくらいしかできない環境ですから、改めてケロウナのゴル フ環境が優れていることを再確認することができます。

ゴルフ場側も、こうしたことには鷹揚です。

「今日は、あなた一人だけだから、一人でたっぷり打てばいいよ!」

という具合で、複数のボールを打ちながら、18ホールを楽しめるわけですから、無類のゴルフ愛好家にとっては、にわかに信じられない話かもしれません。

反対に午前中のゴルフ場はけっこう混んでいます。
メンバーの人たちや、地元の高齢者は、涼しい午前中にゴルフをしたがるためです。
こうした特徴があるので、混雑しがちな午前中はあえて避けながら、午後、夕方の時間帯にゴルフを楽しむスタイルが、ケロウナのゴルフを120%楽しむコツ になります。

繰り返しになりますが、こうしたゴルフ環境は日本には存在しません。
私のホームページを通して、ケロウナのゴルフ環境に興味を抱き、日本から訪れたゴルファーは年々増え続けることになり、その結果、これまでにたくさんのゴ ルフ愛好家がケロウナのゴルフを楽しまれました。

もちろん、日本から来られる方と一緒に私もゴルフをしますので、春から秋の約7ヶ月間は、おかげさまでかなりの回数をこなすことになっています。

ケロウナは魅力溢れる町ですが、特にゴルファーにとっては最高の町なのです。





 <第206話> ケロウナのセミリタイア の人々 

2006年。
気がつくと、日本からカナダに移住をし、ケロウナで生活を始めてから、7年が過ぎ、8年目に突入しました。

さすがに7年もケロウナで暮らしていると、この町のあらゆることが分かってきました。

「カナダ人が将来住みたい人気ナンバー1がケロウナ」

と言われるだけあって、カナダ国内からケロウナに移り住む人が年々増え続け、人口も増加傾向が続いています。
学校の数が足らなくなり、公立高校を統合してマンモス高校にしたり、新たに小学校が開校するなど、ケロウナの成長の度合いはカナダの中でも群を抜いていま す。

大都会からケロウナに移り住む人の中には、計画的にセミリタイアの生活に入る人も大勢います。
セミリタイアと言っても、一時期、日本の書店に並んでいた書籍のような、株やFXでお金を瞬間的に儲けて、遊んで暮らすというものではありません。

基本的にセミリタイアの人も仕事をしています。
しかし、その仕事には共通した特徴があります。

まず、高度に責任を持たされる仕事はしません。
ほとんどアルバイト的なものです。
そして、自分が好きなことを仕事にしています。

例えば、ゴルフ場に行くと、中高年齢で働いている人は、セミリタイアの人たちです。
仕事の内容は簡単なものですが、基本的に生活に余裕がある人たちなので、自然と表情にも余裕から生まれる笑顔が現れます。
自分にとって理想的だと思える労働日数でシフトを組みますから、週に3日働く人もいれば、4日の人もいます。

彼らはゴルフが好きだという共通意識を持った職場の仲間を得る事ができますし、
週に何回かは無料でゴルフが出来るという特典もあります。
お小遣い稼ぎ程度で大好きなゴルフに関わる仕事をし、同じ趣味を持った仲間と出会えるというメリットもあります。

ワイナリーで働いている高齢者も同じようにセミリタイアの人たちが多くみられます。
大自然の中で、ブドウ畑の作業をする事が好きな人たちは、主に畑の作業に従事します。
お客さんに触れ合い、ワインの説明をするサービス精神旺盛な人は、テイスティングカウンターで訪れるお客さんの相手をしています。

私が一番印象に残っているのは、スキーシーズンに出会った運転手のカナダ人でした。
その50代後半の紳士と出会ったのは、ケロウナの郊外にあるスキーリゾートのカフェテリアでした。
私がコーヒーを飲んでいたとき、その男性はたまたま隣のテーブルに座っていて、何気なく話をしたのです。

その人は週末だけ、ケロウナからスキーリゾートを結ぶ送迎バスの運転手をしているということでした。
早朝、ケロウナ市内のホテルを巡回し、お客さんを乗せてからスキーリゾートに向います。
夕方、またお客さんを乗せてケロウナまで運転するそうですが、スキーリゾートに到着してから、帰路の出発時間まで、その人もスキーをしているそうです。
特典として、リフト券が貰えるのだそうです。

「僕はスキーが大好きだし、運転も好きだからね!」

とお茶目にウィンクしてくれた、あの幸せそうな表情が今でもはっきりと思い出せます。

ケロウナには、このようなセミリタイアの生活をエンジョイしている人が大勢いるのです。






 <第207話> 住環境はとても大事

ケロウナで暮らす人々は、長時間の通勤 地獄というもの がありません。
民間輸送の旅客鉄道はありませんから、基本的に移動手段は自家用車に頼ることになります。
従って通勤そのものは、ほとんどの人が車で通勤することになります。

自宅から職場まで、一体どれくらいの時間がかかるのだろうか?
これを示す明確なデータはありませんが、おそらく感覚的には5分、10分という程度でしょう。

しかし、実際に時間を計測すると、おそらく20分、30分、40分という時間が掛かっているかもしれません。
ただ、体感時間としては、「5分」「10分」という程度なのだろうと思います。

これはストレスを感じるような渋滞が無いためです。
言わば、快適なドライブで通勤が完了してしまうということであって、イライラを感じるようなことがないということなのです。

通勤時間が短ければ、必然的に自宅に居る時間が長くなります。
カナダでは習慣として、仕事帰りにお父さんが居酒屋でお酒を呑んで、帰宅が深夜になってしまうということがありません。
仕事が終わったら、真っすぐ家に帰ります。
そして、家族と一緒に夕食を摂り、家族団らんを楽しむという生活スタイルが確立されています。

私もカナダに移住した直後から、自分の会社の所在地を自宅にしました。
カナダでは極一般的なことで、自宅オフィスで会社を登記する人が大勢居ます。

「あれ?」

気がつくと、私もそんなカナダ的な仕事スタイルになったのですが、こうなったのは単にオフィスを借りるお金が無かったからです。
カフェやレストランなど、店舗での商売をするならば、必然的にお店という箱が必要となります。
しかし、私のように店頭販売をしない職種の場合は、結果的に自宅オフィスが最も効率的な形となります。

となると、私自身も必然的に自宅に居る時間が長くなります。
一日の大半を自宅で過ごすとなると、やはり快適な空間にしようと心がけるようになります。
そこは、仕事場でもあり、日常の生活空間でもありますから、気分が落ち着く住空間を必然的に求めるようになります。

その結果、自宅にいることの有り難さや、心地よさを感じるようになりました。
カナダに移住する前、日本で暮らしていた時にはまったく得られなかった感覚でした。

早朝から深夜まで仕事をし、帰宅すると風呂に入って寝るだけの、そんな毎日の繰り返しでしたから、そもそも自宅でゆっくりと時間を過ごすなどということは 皆無でしたし、考えた事もありませんでした。

それが、カナダでの生活はその真逆の生活スタイルになってしまったのです。
結果論とは言え、自宅で過ごす時間が長くなるということの幸福感を知ったのは、カナダに移住したからこそのものとなったのです。

この生活スタイルは、今現在も全く変わっていませんし、おそらくこれからも変わらないと思います。





 <第208話> カナダのワインが知られ ていない

カナダに移住した半年後のことでした。
カナダ人の友人に紹介されてケロウナ市内のワイナリーのオーナーと出会いました。
今になって振り返れば、これが人生の大きな転機だったと思います。

その半年後、つまりカナダに移住した1年後には、ケロウナで作られているワインを
日本に輸出し始めたのです。

となると、日本に到着したワインを一生懸命に売らなければなりません。
カナダから輸出したからと言っても、日本で売れなければ意味が無いことは言うまでもありません。

販売はホームページからインターネットを介して、ネット販売をすることが主体でした。
ちょうど時代的にネット販売が伸び盛りでしたので、タイミングとしては良かったのだろうと思います。

しかし、それだけでは十分ではありませんでした。

売れるということと、知られるということは全く別の次元の問題なのです。
やはりカナダ産ワインは、日本では未だに無名のままでした。

「なんとかしなきゃなあ、、、」

と私が強く感じたのは、日本に出張する度にいつも遭遇する出来事があったからです。

日本に出張した際に、各地でいろいろな方々にお会いします。

「滝澤さんは何をしているのですか?」

と聞かれるので、迷うことなく、

「カナダ産ワインの輸出販売業です」

と答えますと、100人中100人の方が、怪訝そうな顔をされます。
あるいは不思議そうな表情を浮かべます。

「カナダのワインなんて知らない」

というのが、その理由なのです。

人々に知られていないということは、大きなマイナスなのです。
知られていないということは、信用されていないというイメージを持たれるためです。
そうなると、当然のことながら販売にも大きな障害になるわけです。

怪訝そうな顔をされるくらいなら、まだマシな方です。
ワインに詳しい人や、ワインが好きな人によっては、あからさまに見下す人もいました。

ワインというのは、フランスとかイタリアなどに代表されるヨーロッパのモノが良いのであって、
あるいはカリフォルニア、チリ、オーストラリア、ニュージーランドなどの新世界のワインであれば
彼らは許容してくれますが、カナダは全く対象外でした。

自分が知らないワインは、絶対に認めないという人が実に多く、
大げさな表現かもしれませんが、何度も悔しい思いをしてきました。

それはまるで、カナダそのものをバカにされ、そのカナダに住んでいる私自身の存在も認めず、
むしろ卑下し、嘲笑するかのような雰囲気で一杯でした。

キツイようですが、これが日本市場におけるカナダワインの実情なのだということを冷静に受け止めざるを得ませんでした。

「う〜ん、、、どうしようか?」

見えない壁は、本当に大きな壁のように目の前に立ちふさがっていました。

しかし、私は諦める気持ちは毛頭ありませんでした。
それは、産地ケロウナの魅力が本物であるという自信があったからです。

その魅力を日本人の人たちが知らないだけであって、それを知ってもらう、興味を持ってもらう、感じてもらう、ということができれば、いずれカナダ産ワイン の魅力が十分に伝わるはずだ、と思っていたからです。

この時から、果てしない挑戦がスタートしたのだろうと思います。





 <第209話> ワインとの出逢いは奇跡 だった

私は1999年3月にカナダに移住し、 ケロウナで生活 をスタートしました。
当初から、私の頭の中にはカナダと日本の間でビジネスを組み立てたい、という並々ならぬ思いがありました。

「そんなに上手くいくのか?」

と、移住直後はいろいろな人たちに嘲笑されましたが、神様が与えて下さったワインとの出逢いによって、結果的にカナダの産物を日本に輸出し、日本で販売す るというビジネスの形が出来上がりました。

これは今、振り返って考えても奇跡的だったと思えます。
全くの手探り状態でカナダに移住し、わずか半年後に偶然のキッカケによってカナダ産ワインをビジネスにする機会を得て、その半年後には日本への1回目の輸 出を行いました。

結果論ですが、カナダに移住して1年後にはケロウナの産地ワインを日本に輸出する仕事を立ち上げることができたのですから、これは改めて考えても奇跡とし か言いようがありません。

最初、カナダに移住したとき、私のビザは永住ビザではありませんでした。
言うまでもなく、当時ですら永住ビザの取得は想像以上にハードルが高く、そのときの私ではとても申請要件を満たせませんでした。

つまり、いくら永住ビザが欲しくても、申請することすら出来ないという状態だったのです。

試行錯誤した結果、まずケロウナに個人の会社を設立し、1年間限定の就労ビザを取得しました。
これとて大変だったのですが、さらにその先に大きな課題がありました。

1年以内に何らかのビジネスを立ち上げなければ、2年目以降の更新を拒絶されます。
拒絶されたら、日本に帰国しなければなりませんでした。

かれこれ16年前のことになりますが、当時を思い起すと、

・まさに綱渡り
・人生の賭け(ギャンブル的)

だったと思います。

ですが、結果として私は移住して3年目に永住ビザの申請要件を満たし、その1年後に永住ビザを取得することができました。
そして、今もこうしてカナダに居住しています。

こういう流れになったのは、ワインのおかげです。
ケロウナで作られているオカナガン産ワインのおかげなのです。

改めて思いますが、、、
人生には、いつ? どこで? どのような? キッカケやチャンスに巡り会えるか?
まったく想像もつきません。

もともとカナダに移住するまで、ワインには全く興味の無かった私が、まさかワインのビジネスを自ら立ち上げるとは思っていなかったのですから。





 <第210話> ワインが与えてくれた出 会いの数々

ケロウナ産のワインを日本に輸出し、ワ インビジネスに 取り組んだ結果、当初は予想もしなかった出来事が次々に起こってきました。

ワインの仕事というのは、文字通りワインを買い付けて日本に輸出し、そして日本で販売するものでしたが、ネット上でケロウナのワインの存在が知られるに連 れて、ケロウナという町の存在も少しずつですがクローズアップされるようになっていきました。
この当時、日本で販売されていたカナダの旅行雑誌には、ケロウナを中心とするオカナガン地方の紹介は皆無の状態でした。

しかし、ワインをキッカケにケロウナに興味を持って下さった方々からの問い合わせのメールを頂く機会が増えて行き、その結果、日本からケロウナに来られる 旅行者が増えて行きました。
これはワインから派生した二次的なビジネスでしたが、こうした流れは年々高まって行き、結果として年を追うごとに日本からの旅行者を獲得する機会に恵まれ て行ったのです。

日本から来られるお客さんは、バンクーバーでケロウナ行きの国内線に乗り換えるという煩わしさがあるものの、しかし、バンクーバーとケロウナの間には毎日 数多くの飛行機が行き交っていますし、所要時間はわずか1時間ですから、海外旅行慣れしている人にとっては平気なようでした。
ケロウナに来られるお客さんは、3泊から5泊という滞在期間の方が多く、年代層によって滞在スタイルは大きく分かれていました。

現役世代の方は連休や長期休暇を利用するものの、旅行日数は短めのため、カナダ旅行の全てをケロウナ滞在だけにし、バンクーバーは乗り換えだけという方が 圧倒的でした。

反対に退職され、時間に余裕のある年代の方たちは、ケロウナに3泊した後、ロッキー方面に移動し、さらにはナイアガラまで足を延ばされ、最終日はバンクー バーでゆっくりされるというパターンが多いように見受けられました。

全ての方々に共通していたことがありました。
皆さんが帰国された後、ご丁寧なメールを頂くのですが、そこには必ず、

「ケロウナが一番良かったです!」
「ぜひまたケロウナに行きたいです!」

というご感想をお寄せいただき、事実、その後も繰り返しケロウナにリピートされるお客さんが増えて行きました。

振り返ると私自身が誰よりも強烈なケロウナファンであるように、ケロウナは多くの人たちを魅了するだけの魅力に満ちている町なのだなあ、と改めて痛感した わけです。

ケロウナを訪れた日本人の方々は、ぜったいにケロウナを好きになるんだな!
という確固たる自信を与えてくれたのは、ワインの仕事を始めたからです。

同時に、ワインの仕事がもたらしてくれた数々の出会いが産まれたことも、私にとっては最大の宝ものになったのです。





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