【ケロウナ@カナダ】 カナ ダ人が将来 住みたい憧れの町で・・・
ゴルフとワインを楽しみながら・・・
じっくりと人生を見直しませんか


  

   

   

  

  

滝澤のカナダ移住&起業への道のり


 <第221話> まずはパスポートの確認作業

2006年7月。バンクーバー。
鹿児島県の私立女子高校の引率教諭1名と約30名の高校2年生の一行と合流するため、一行が前泊していたホテルに徒歩で向かいました。
この日も夏のバンクーバーらしく晴れ渡った青空でした。

指定されたホテルロビーに予定より早めに到着した私は、ロビーのソファに座りながら、一行を待っていました。
「○○○高校ご一行様」というような札を掲げなくても、雰囲気を見れば日本人の団体だということは一見して分かります。

しばらくすると、「ああ、この子たちだな!」とおぼしき日本人の若い生徒さん達がロビーに集まってきました。

「○○○高校の皆さんですね?」
「は、はい、そうです」
「引率のT先生はいますか?」
「あっ、あそこです」

40代後半に見える引率のT先生とお会いした最初の瞬間でした。

「おつかれさまでした。本日から担当させて頂きます滝澤です」
「どうもはじめまして!Tです!」

このとき、まさかその後、このT先生と長いお付き合いが始まるとは思ってもいませんでした。

生徒さん全員が揃ったところで自己紹介をさせて頂きながら、いつくかの確認作業をしました。

・全員のチェックアウトの終了確認
・体調の具合の確認
・忘れ物が無いかの確認

ここまでが一通りの確認作業でした。

続いて私は生徒さん全員にパスポートを出すように指示しました。
このとき、一人一人の動作を素早く確認します。

指示された生徒さんたちは、言われるままにパスポートを出す事に必死ですが、こちらの目的は、その仕草、動作から、生徒さん一人一人の良くも悪くも個性が 見て取れます。

パスポートがとても大事な物だということは十分に理解してるのですが、それが極端になってしまうと、大事にしまいすぎるあまり、どこにしまったのか?忘れ ていたり、あるいは、とっさにすぐに取り出せないということになります。

案の定でした。
数名の生徒さんは素早くパスポートを取り出せましたが、半数の生徒さんはパスポートを入れたボシェットをさらに別の袋に入れ、さらにバッグに入れ、さらに またバッグに入れ、、、ということになっていました。
パスポートを取り出すまでに、いったい何度、開け閉めをするのか?という効率の悪さになります。
取り出すことに手間どう生徒さんも多数いました。

この動作や仕草のひとつひとつで、要領の良い生徒、そうでない生徒が分かります。
要領の良くない生徒さんは、悪気は無くてもトラブルに巻き込まれる確率が高まりますから、要注意として見守る必要があります。

パスポートのしまい方や、絶対に無くさない方法を生徒さんたちに伝えました。
きちんとした女子校なので、私語をすることもなく、皆さん真剣に話を聞いてくれました。

すでに迎えのバスがホテル前に到着していましたので、おのおのがスーツケースを引きながらバスに向かい、
全員が無事に乗車をし、いよいよケロウナに向けて出発です。





 <第222話> バンクーバーからケロウナへ

2006年7月。
鹿児島県の私立女子高校の引率教諭1名と約30名の高校2年生を引率しながら、いよいよ
バンクーバーからケロウナに向けてバスは動き出しました。

前日にバンクーバーで1泊しているとはいえ、鹿児島から羽田、そして成田からバンクーバーへと
長距離の移動でしたから、時差の疲れもあり、最初は賑やかだった車中でしたが、
バンクーバー市内を抜け、直線が続くハイウェイ1号線を順調に走るころになると、
生徒さんはすっかり眠りにつきました。

私は運転手の真後ろの席に座っていました。
通路を挟んだ隣には引率のT先生が鎮座され、通路を挟んでケロウナで約3週間に渡る語学研修の
行程の確認作業を行いました。

こうした引率に慣れていらっしゃるT先生の雰囲気は、至って余裕がありました。
T先生ご自身の経験の豊富さと、学校全体のしつけの良さから来るのだな、ということが良くわかります。

T先生が注意されている点は、何人かの生徒の特性に関するものでした。

・元気は良いがおっちょこちょいな生徒
・引っ込み思案な生徒
・単独行動を好む生徒
・やや体力に不安のある生徒
・英会話に自信の無い生徒

などなど、実に良く一人一人の生徒さんを熟知していらっしゃいました。

それら生徒さんの特徴を私に丹念に説明して下さったので、私は生徒さんの名簿にT先生から教えて頂いた
それぞれの特徴を書き込みました。


バンクーバーを出発したバスは順調に走行を続け、3時間ほどで休憩ポイントに到着しました。
「メリット」という小さな町の外れにある観光案内所にバスは停まりました。

全員が下車し、バンクーバーで積み込んだお弁当を生徒さんに渡しました。

「わあ!トンカツ弁当だ!」
「カナダにもトンカツあるんだ!」

夏の太陽光が降り注ぐ野外のベンチで全員がお弁当を広げました。

「滝澤さん、あとどれくらいで着くんですか?」

生徒さんたちの感心は、目的地ケロウナに向けられていたようです。

「あと2時間くらいですね」

そう答えると、皆さん口々にカナダの大きさを実感したかのような感想を漏らしていました。

「鹿児島から福岡よりも遠いの?」
「バンクーバーからケロウナまでの距離は鹿児島からどれくらい?」

それぞれの感心や疑問がこうして飛び交っているうちは安心です。
予定通り昼食を終えた私たちは再びバスに乗車し、ケロウナに向けて出発したのでした。





 <第223話> オカナガン湖を目にして

2006年7月。
鹿児島県の私立女子高校の約30名の生徒さんたちの、
3週間に渡る語学研修&ホームステイがいよいよ始まります。

いったいどんな生活になるのか?
ホストファミリーはどんな人なのか?
学校の授業にはついていけるだろうか?

バスがケロウナに近づくにつれて、生徒さんたちの表情がにわかに深刻になってきたかのように感じられました。
この部分が修学旅行と違うところなんだな、とそんな風に感じていた私でした。

生徒さんたちの乗せてバンクーバーから走り続けて来たバスは、やがてケロウナ市の手前の町に入りました。
バスが走るハイウェイの両側には大小様々なお店が建ち並び、行き交う車の数も多くなってきました。

先ほどまで深い山中の景色が続いていたので、この風景の変化に生徒さんたちも気がついたようです。
おそらく、目的地であるケロウナ到着が間近に迫っているだろうことを各自が感じていたことでしょう。

ケロウナに向かうハイウェイ97号線はやがて、緩やに下る右カーブを抜けました。

「ああ!」
「すごいーーーー!」

次の瞬間、声なのか?悲鳴なのか? 
驚きと感動が入り交じったような歓声がバスの中に響き渡りました。

緩やかに下っていくバスの前方には、夏の陽光を眩しく反射させている広大なオカナガン湖面が輝き、その輝きに溶け込むように、大小さまざまな形のヨットや ボートがいろいろなスピードで行き交っていました。

そのオカナガン湖の対岸に広がるケロウナの町並みは、まるで水辺に浮かび上がった蜃気楼のように立体感を増していました。

忘れもしません、、、
1991年6月。
私が初めてケロウナを訪れたとき、これと同じ景色を見たのです。
鹿児島の生徒さんたちと同じように、当時24歳だった私も感動のあまり声を上げたはずです。

南北に細長いオカナガン湖に対して、私たちが乗ったバスは西側から真っすぐにオカナガン湖に向かいました。
その先には、南北160kmのオカナガン湖で唯一の橋があります。
その橋の向こう側がケロウナの町です。

オカナガン湖上の橋を渡る間、生徒さんたちは息を呑むかのように、あるいは声にもならない声を上げながら、左右に広がるオカナガン湖の景色に呆然となって いました。

橋を渡り終えると、もう完全にケロウナの中心部に入ります。
生徒さんたちが通う学校ももうすぐです。





 <第 224話> 明日から自力でバスで登校します!

2006年7月。
鹿児島県の私立女子高校の約30名の生徒さんをバンクーバーからケロウナまで
引率する旅もようやく目的地のケロウナに到着し、初日を終えようとしていました。

まず到着した英語学校で明日からのスケジュール確認を含めたオリエンテーションです。
授業は明日からさっそく始まります。
学校の場所はケロウナのダウンタウンですが、生徒さんたちはひとりひとり地元のカナダ人のご家庭にホームステイをしますから、毎日の登下校は市バスを使う ことになります。

初めての異国の地。どこを見ても初めての景色。
もちろん周りは全て英語の環境です。

生まれてから一度も鹿児島以外で暮らしたことがない高校2年生たちですから、不安がないはずがありません。

「え〜〜、、、バスに乗れるかな、、、」

口々に不安の声が連鎖しました。

全員にバス乗り放題のパスが配られました。
次に自分が乗るバスルートの地図が配られました。

英語学校の日本人スタッフがとても分かりやすく説明してくれたこともあり、実際に明日から数日間、バスによる登下校を行なえば、やがて慣れて行くだろうこ とは明らかでした。

もし間違ったバスに乗ってしまったらどうするのか?
という不安を抱くご両親や関係者もいるだろうと思います。
同じ事をバンクーバーでやるとなると、さすがに私も反対します。
いくら治安の良いカナダだとは言え、バンクーバーはそれなりの都会ですから、場所によってはとても危険な箇所が多数あります。
またバス路線があまりにも複雑すぎるという難点もあります。

しかしケロウナの場合は、とにかく治安が良いということと、バス路線が単純かつ分かりやすいということ、そしていざとなったら、私が車で30分以内に駆け つけられるということも含め、周辺の安全環境には万全を期していました。

また、万が一、迷子になったときの対処法として、英語学校の住所と連絡先、私の携帯番号を記した名刺サイズのカードをバス定期と一緒にセットにしていまし たので、困ったときや不安になったときは、近くの人にそれを見せるように伝えました。

ここまでの対応にも関わらず、どうしても不安で泣き出してしまう生徒さんが居ないとも限りません。
もし、そうした生徒さんがいた場合は、私が初日の朝、その生徒さんの家に行き、生徒さんと一緒にバスに乗って登校しながら、バスの乗り方方法を慣らして行 くという最後の切り札もありましたが、そんな私の不安をよそに、一人も不安で泣き出す生徒さんはいませんでした。

オリエンテーションの間、生徒さんの表情を観察しましたが、今にも泣き出しそうなくらい不安で不安で仕方ない、というパニック状態になる懸念のある生徒さ んはいませんでした。

むしろ、これから始まるケロウナでの生活に、どきどき、わくわく、そんな雰囲気で一杯だったのです。





 <第225話> バス登校の初日

2006年7月。
鹿児島県の私立女子高校の約30名の生徒さんたちのケロウナ初日のスタートです。
前日、鹿児島からの長旅の末、ケロウナに到着した皆さんは、緊張と時差ぼけがあるでしょうから、
どんな表情で初日の登校をするのか?

朝8時前に私は学校の正面玄関前で生徒さんたちの到着を待ちました。
8時30分までに到着することになっていましたが、早い生徒さんは8時ごろちらほら姿を見せました。

見慣れた私の姿を見つけると、安心したのでしょうか、
「おはようございます!」
と駆け寄ってきます。

名前を確認し、名簿にチェック印をします。
このとき、その生徒さんの特徴を名簿に書き記します。

メガネ
髪の長さ
背丈の大きさ

おおよその身体的特徴を名簿に書くのです。
これを数日続けていますと、30名の生徒さんの名前を完璧に覚えることができます。

「おはよう!◎◎さん」
「◎◎さん、バスには一人で乗れるようになりましたか?」

というように、ひとりひとりに名前で声をかけるようにしますが、
これは、2週間目からの作業です。

1週目は私から生徒さんに声をかけるような事はしません。
どちらかと言うと、表面上は無視しているという態度を取ります。

「なんか怖そう」
「話にくい」

という印象を1週目に生徒さんたちに植え付けます。
こうすることによって、ある種の緊張感が生徒さんたちと私の間に生まれます。
これがとても重要なのです。

そうは言っても高校生ともなれば、良い悪いは別にして生意気盛りです。
私自身の高校生時代を振り返ってもまさにそうです。

経験の浅いガイドさんや引率者の場合、生徒さんたちに嫌われなく無いとか、
良く思われたいと考えるあまり、初日から笑顔で優しく接してしまいます。
誰だって嫌われるのは嫌ですから、そうなってしまうのは無理はありません。

しかし、特に海外での引率の場合、最悪の事態を常に想定しなければなりません。
もし、そうした事態が起こった場合、速やかに対処するのは当然ですが、
まず考えるのは、そうした事態が起こらないようにすることです。

そのためには、生徒さんたちとの距離感の作り方が重要なのです。
従って、私は1週目は生徒さんたちと話もしませんし、笑顔もみせません。

「おはようございます」と挨拶をされれば、
「おはよう」と返答しますが、それ以外の会話は一切しません。

これには引率者としての鉄則があります。
私はこれに関して独自の方法論を持っています。
なにしろ日本体育大学で学校教育を専攻していましたし教員免許も持ってます。
中学生や高校生の引率に関しては専門分野なのです。





 <第226話> 2週間目のケロウナ滞在

2006年7月。
鹿児島県の私立女子高校の約30名の生徒さんたちのケロウナ英語ホームステイは順調に進んでいました。

最初の1週間、私から生徒さんに親しく接することは一切しませんでした。
笑顔も見せませんでしたし、気軽に声をかける事もしませんでした。

生徒さんたちは互い互いに、
「滝澤って人、怖そう」
と話をしていたはずでしょう。

それで良いのです。
細かい連絡を含め、ほぼ毎日のように生徒さん達に伝えることがあります。

・明日はカナダの祝日なので学校も休みであること
・パスポートはスーツケースの中にしまっておくこと
・現金を一度に持ち歩かないこと

などなどの諸注意を場面に応じて生徒さん全員に伝えます。

このとき、引率者が生徒さんたちからナメられていると、大切な諸注意や連絡事項を生徒さんたちが聞いてくれません。
ましてや女子高生ですから、ぺちゃくちゃお喋りするのは世の常です。
重要な連絡事項を生徒さんたちに理解させ、把握させることができないというのは、後々になってトラブルを引き起こす原因になります。

きちんと生徒さんたちに理解させることは引率者の最大の責任です。
繰り返しますが、このとき、生徒さんたちからナメられている雰囲気が満ちているとどうなるか?

「静かにしてください!」
「話を聞いて下さい!」
「分かりましたか?」

などなど、いくら引率者が大声を張り上げても、高校生たちはケラケラ笑っているだけです。
その結果、重要な連絡を聞き漏らしたままになってしまいます。
これが最も危険なことであり、避けなければならないことなのです。

私は大声を上げることもなく、連絡時刻を生徒さんに伝えるときには、いつも決まって班長の生徒を呼びます。

「○○さん、これから大切な話をするので、みんなを集めてください」

班長は緊張した面持ちですぐに全員を集めてきます。集まった他の生徒も皆、一様に緊張しています。
その状態から連絡事項を伝えるわけですが、無意識のうちに生徒さんたちの心の中に、ちゃんと聞かないと起こられるかもしれない、、という緊張感があります から、皆さん真剣に話を聞いてくれます。

これが滞在2週間目の生徒さんへの接し方になります。
このころになると、生徒さんの顔と名前は完全に覚えていますし、一人一人の性格もわかってくるようになります。

そして最終の3週間目に突入するのですが、その前に大きなイベントが控えていました。

この3週間の滞在の期間中、カナダの有名観光地であるカナディアンロッキーへの1泊2日の小旅行が組み込まれていたのです。これも私が引率者として1泊2 日の小旅行に同行することになっていました。

生徒さんの体調管理が最大の懸念ですが、せっかくの機会ですから全員が元気で楽しくカナディアンロッキーの小旅行を楽しんでもらえるよう進めて行かなけれ ばなりませんでした。





 <第227話> カナディアンロッキーへ小旅行

2006年7月。
鹿児島県の私立女子高校の約30名の生徒さんたちを引率して1泊2日の小旅行がありました。
行き先はカナディアンロッキーの中心地バンフです。

ただ、この行程はとてもハードな内容でした。
ケロウナからバスでバンフに移動します。ちょうどカナディアンロッキーを縦断する
背骨とも言えるハイウェイ1号線が大幅な工事中ということもあり、
途中、何度も片側通行になるため停車しなければなりません。

5分10分ではなく、タイミングが悪いと1時間ほど待たされることもありました。
ケロウナからバンフまで順調にバスで移動しても7時間かかります。
しかも時差が1時間あります。
朝8時にバスで出発して、順調にバンフに到着できるのは現地時刻で夕方頃を予定していました。

さて、出発の朝を迎えました。
1泊2日だけの小旅行とは言え、生徒さんたちにとってはドキドキはらはらの冒険旅行です。
ホストファミリーが集合場所の学校前に続々と到着しました。

すでに大型バスが待機していました。
全員が無事に揃った事を確認し、バスに乗り込みます。
そして、夏の清々しいケロウナの朝、私たちを乗せたバスは一路、バンフに向って出発したのでした。

すでに2週間のケロウナでの生活に慣れて来ていた生徒さんたちは、
お互いのホームステイ先での生活の様子を発表するかのように、賑やかに談笑し続けていました。

ケロウナからハイウェイ97号線を北上します。
バーノン、アームストロング、エンダビー、道中の町や村を過ぎ去る頃になると、周りは深い山に
囲まれた景色に変って行きます。

シカマウスという小さな町で、ケロウナから走って来たハイエウィ97号線は、ここからハイウェイ1号線に接続します。
その1号線を東に向ってバスは順調に走り続けました。

この頃になると、バスの中はすっかり静まりかえり、生徒さん達は高いびきで寝始めていました。
バスの後方にはトイレが設置されていましたが、長い道中ですから、途中で何度か休憩を取る必要があります。

さて、どこで休憩をするべきか?
大型バスが無理無く駐車でき、トイレがあり、そして出来る事なら景色の良い所で休憩をしたいと考えた私は、
バスの運転手に相談しました。

「ロジャースパスが良いね!」

運転手さんは即答をしました。

ロジャースパスというのは、途中にある峠ですが、ここは大正時代に大陸横断鉄道の大規模工事に従事するため、
多くの日本人が働いてた歴史があります。
また、真冬に雪崩事故があり、多くの日本人が命を落とした難所でもあります。

そんな日本人の歴史が色濃く刻まれたロジャースパスで休憩を取る事にしました。





 <第228話> ついにバンフに到着

2006年7月。
鹿児島県の私立女子高校の約30名の生徒さんたちを引率して1泊2日の小旅行の
目的地であるカナディアンロッキーの中心地バンフに到着したのは、
現地時間で午後5時頃でした。

午後5時と言っても緯度が高い夏のカナダはまだ昼間のような明るさでした。
周りに迫り来るようなカナディアンロッキーの山並みに生徒さんたちは歓喜の声をあげていました。

まずは指定されたホテルにチェックインです。
各自が指定された部屋に荷物を置き、その後、再びロビーに集合するまで、
かかった時間は10分少々でした。
この間、私はロビーのソファーでこれからの行程表を見ながら、どのように段取りを組むか?
ということを現地の日本人ガイドさんと打ち合わせをしていました。

私はあくまでも引率者でしかありませんし、カナディアンロッキーをガイドできる知識もありません。
また、カナディアンロッキーは国立公園法で厳しく規制されていますから、
ガイドができるのは許認可を受けている旅行会社に限られています。

こうしたことはカナダ特有の事情があります。
いえ、むしろ日本が観光に関する規制が無さ過ぎると言えるでしょう。

よく聞く話では、カナディアンロッキーに魅せられた日本人の方が、何度も繰り返し
カナディアンロッキーを訪れているうちに、友人や知人を案内したい!という気持ちに駆られ、
案内役、つまりガイドのようなことをしてしまうということがあります。

これは厳密には違法行為となります。
個人旅行で友人や知人、家族を案内する程度なら良いだろう、と思いがちな日本人が多くなる事が
現地で観光業に携わる人たちに悪影響を及ぼしているということに、実は多くの日本人が気がついていません。
いわば白タクみたいな行為になってしまうということです。

私はカナダ在住の立場ですし、そうした法律を守らなければなりませんから、
当然のことのように現地の旅行会社のガイドさんにお願いする段取りを組んでいました。
20代後半の若いガイドさんでしたが、さすがに専門的に勉強し経験を積まれているだけあって、
安心してお任せすることができました。

怠けたい訳ではありませんが、これは私にとって本当に楽チンでした。
生徒さんたちの安全を保持し、健康状態に目を配ることが私の仕事ですが、
それ以外は生徒さんたちと一緒に観光旅行を楽しむことと同意語でした。

生徒さんたちもカナディアンロッキーを楽しむなら、私もカナディアンロッキーを楽しむことに
集中できるわけですから、こんな楽しい仕事はありません。

今日と明日の行程をガイドさんと確認しながらも、生徒さんたち以上に私の方が
きっとワクワクしていたと思います。




 





 









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